子どもセンター ビ・リーヴ

研修会報告&『わたしが誰かわからない』

チラシでお知らせしたNPO法人そーさぽ旭川さん主催の「あのこって,わたしって,ヤングケアラーなのかな」という研修会が1月21日(日)開かれました。江別にあるえべつケアラーズの加藤高一郎さんが講演をして,旭川在住で障害福祉分野の支援者2人が自分の子ども時代の経験やヤングケアラーの方の支援をした経験をお話してくれました。

ヤングケアラーが注目されると,すぐに介入して何かをしなければならないと考えてしまいがちである,それはニーズに合っていないというお話がありました。ヤングケアラーの子どもたちも家族の中で役割を持っており,何もかも手放したいと思っているわけではないこと,ゆっくりと関係を作り,本人の思いを聞くことが大切であるということをお話されていました。加藤さんは本人の話をじっくり聞き,痒い所に手が届くような支援を作っていきたいと考えているそうです。北海道ヤングケアラーサポートセンター業務をえべつケアラーズさんが委託されて行っています。活動の様子は,是非ホームページをご覧ください。

この研修会の様子は,STVの「バンキシャ!」でも取り上げられ,翌日の北海道新聞にも掲載されました。

 

研修会に参加する少し前に医学書院から出されている『わたしが誰かわからない ヤングケアラーを探す旅』という中村佑子さんの本を読みました。中村さん自身が今でいうヤングケアラーであり,精神的な病を持つ母と生活をしてきました。自分のことを考えるほかにヤングケアラーだった方への取材を含めて書かれた本です。

本の第1章は,入院する母に付き添って病院に寝泊まりしていた様子から始まります。母は調子のよい時と悪い時があり,それに何とか対応しようと中村さんは頑張ります。母を何とかしようと思うと自分は二の次でよいことになり,自分というものがだんだんなくなっていきます。愛されたいと求め,それを得られたと感じる時もあるが,母の視界に入らない時もある。

中村さんは,世にいうヤングケアラーというほど介護をしているわけじゃなかった。こんな程度でヤングケアラーと言われるのは申し訳ないと感じるそうです。

中村さんの文章を読んでいると,存在の不確実さ,揺らぎ,自と他の境界のあいまいさなどを感じました。日々の生活がそのような関係性の中にあったということでしょうか。表紙の絵は,海のうねりの中に身を投じることは恐ろしさもあるが,甘美でもあるということを象徴しているように感じました。自分の中の何かも揺らぎました。ヤングケアラーと呼ばれる人たちが生きてきた時間や関係性を考えなくてはいけないのだと思います。自分の中の揺らぎにも向きあわなくてはいけないと感じます。(管理者:D)